隠遁者エスタニスラオ・マリア神父の略暦
1915年9月12日 エスパレゲラ(バルセロナ)で生まれる 洗礼名はアマデオと名付けられた 1920年 4才半で、聖母マリアに足の障害を癒される 5才で、も一度聖母マリアは現れて、ご自分とともにモンセラート修道院に入るようにと呼ばれる その時から召命は修道者、隠遁者、司祭、宣教者になることを少しずつはっきり決める 子供時代には教会でいろいろな活動をする 1927年 12才で、病気のとき、イエズスが現れてご自分のもとに呼ばれた 同時に人々の救いのために尽くすように言われた 再び病気が癒されていた。 1928年8月5日 モンセラート志願者の学院に入会する 1933年 修練院に入る。修道名はエスタニスラウ・マリアと頂く 1934年6月 御心の祭日にイエズスが現れて、ご自分を愛していない人のかわりに、愛のいけにえとなってほしいと言われた 1934年8月6日 初誓願 1936年7月18日 スペインの内戦 キリスト教に迫害 モンセラートから脱出 修道院の23人殉教 一年間親の家へ避難 その後バルセロナの信者の家に避難 1937年12月8日 スペインを去りフランスへ向かう.2週間のあらしに船が流される 1938年1月 ベルギーの聖アンドレの修道院長に受け入れられる ベルギーで神学の勉強を続ける 1939年1月15日 隠遁者になるゆるしを頂く 1939年1月17日 ベルギーのMaredsous 修道院で荘厳誓願 春に内戦が終わります モンセラート修道院は再開する 1939年9月 モンセラートにもどる 第2次世界大戦始まる 1941年8月10日 モンセラートで司祭に叙階される 1941-1961年 修道院の共同体の中で神学院の教育者、 マリア学、教父学、典礼学などの研究 スペインとローマのマリア学のアカデミーからメンバーに任命される 1961年2月7日 腎臓の手術を受ける 深い命と死の経験の悟り 1961年4月27日 許しを得てモンセラートの聖母の洞窟で隠遁生活を始める 1961-1965年 霊的な師父としてますます外部...
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